管弦楽や吹奏楽の指揮者として活動されている岡田友弘氏に、学生指揮者の皆様へ向けて色々なことを教えてもらおうというコラム。
主に高等学校および大学の吹奏楽部の学生指揮者で、指揮および指導については初心者、という方を念頭においていただいています。(岡田さん自身も学生指揮者でした。)
コラムを通じて色々なことを学べるはずです!
第32回は「借用和音って結局どこから何を借りるの?スコアを読む時になんの意味が?」。
前半は前回から引き続き「借用和音」のお話です。
後半のエッセイ的な部分は「本番までの合奏の組み立て方~後期段階編(その1)」です。
さっそく読んでみましょう!
合奏するためのスコアの読み方(その26)
合奏と楽曲分析のための和声の超基礎(13)
前回
は「借用和音」の導入として「近親調」についてお話ししましたが、覚えていますか?
近親調について、吹奏楽でよく登場する「B-Dur(変ロ長調)」を例に確認してみましょう!
主調(B-Dur)→フラット2個
属調(F-Dur)→フラット1個
下属調(Es-Dur)→フラット3個
平行調(g-moll)→フラット2個
属平行調(d-moll)→フラット1個
下属平行調(c-moll)→フラット3個
主調と各近親調の「調号の数の違い」に是非注目してください。これは5度圏の法則によるものです。つまり、ある音の調から5度上の調(属調)になると調号が1つ増え、5度下の調(下属調)になると調号が1つ減っていくという法則です。
この近親調を並べ替えると・・・B-Durの音階上にできる和音になっているのがわかりますね。
これらの「長3和音(長調の響きのする3和音)」か「短3和音(短調の響きのする3和音)」です。
VII度上にできる3和音は根音と第5音が「減5度」である「減3和音」ですので、この仲間からは外されます。
理由は減3和音の響きだけでは「どの調なのか」が特定できないからです。
この6種に加えて、和音の借用に使われる和音に「同主調(同名調)」があります。
同主調(同名調)(b-moll)
これらのメンバーが「規則正しい基本的な和声進行 」に彩りや変化をつけるために使われる「借用和音」にとって重要な役割を果たします。
むやみやたらにあちらこちらからお金を借りても借金が膨らむだけです。「借用和音」とは一体「どこの 何を借りる」のでしょうか?
ズバリそれは「もともと現在の調の音階構成音上にない和音を、近親調の属和音から借りる」のです。
こうすることで「使える和音のバリエーション」が増えますね。例えるならば「12色の色鉛筆から24色の色鉛筆になった」ようなイメージでしょうか。
色が増えると表現の可能性が広がりますね!
古くからの楽典、和声法のテキストでは「副属和音」と呼ばれているものです。僕はアメリカの作曲家ウォルター・ピストンが著した「和声法」でこれらの和音のことを表している「2次ドミナント」というのがわかりやすいように思います。
「主調を基準に構成される様々な近親調の和音の属和音」つまり「主調から近親調に行ってからのドミナント(属和音)」・・・つまり「2次的な属和音」というわけです。
これらの和音は元々の調で予定された和声進行(カデンツ)に「飾りつけ」「装飾」をしていく目的で使われます。
音楽作品には「カデンツ」という「骨組み」があります。
その「骨組み」だけの建物に「装飾」を追加することで、建物の個性や特徴が出てきます。
音楽作品に当てはめれば「作曲家の個性」や「作曲家の性格」、ひいては「作曲家の人間性」がこの「借用和音」たちに現れてくるのだと感じています。
皆さんも日々の暮らしに「彩り」や「変化」をもたらしてくれる「借用和音」を見つけて、日常の音楽ライフを一層充実したものにしていけたらステキですね!
これら「2次ドミナント」「近親調のドミナント(属和音)」のなかで頻繁に使われる「特別な2次ドミナント」があります。
頻繁に登場するゆえ、特別な名前をもって呼ばれています。
その名は「ドッペル・ドミナント」
V度の調の属和音のことを言います。
「ドッペル」とはドイツ語で「二重の」という意味です。皆さんも「ドッペルゲンガー現象」という言葉を聞いたことがありますか?自分自身の姿を自分が見る幻覚の一つのことです。
また金管楽器で音を出す際に音を出す瞬間「プルッ」となってしまうことはありませんか?その現象もまた「ドッペル」と呼ばれます。
英語だと「ダブル」になります。ドイツ語で言うと「なんだかアカデミック」になった錯覚に陥ります。
ドミナントのドミナント・・・「ダブル・ドミナント」つまり「ドッペル・ドミナント」ということです。属和音の属和音(ドミナント・オブ・ドミナント)です。
10数年前のことです。作編曲家の方が「ここはドッペルドミナント」と話していたのを聞いて「・・・カッコいい!」と思ったものです。「言葉の意味はよくわからないが、とにかくすごい!!」と思わせてくれた「ドッペル・ドミナント」のちょっとした思い出です。
V度の調の属和音(ドミナント)、例えば「B-Durにおける属和音F-Durのさらに5度上のc-moll」などのことです。このドッペル・ドミナントという借用和音の役割は「サブドミナント」になります。
トニカ(トニック)の役割は「安定」、ドミナントの役割は「安定に向かうエネルギーの発散」、そしてサブドミナントは「サポート役」としての仕事を担っています。
ここまで読んでみて「借用と転調って同じじゃない?」と思ったあなた!
その疑問はある意味では正解ですが、必ずしも転調と和音の借用は完全な同義語ではありません。
音楽作品はある調で始まったら、その調で終わるのが大原則です。
その「ある調」のことを「原調」と言います。
その原調を離れることなく、和音の流れを変えずに「装飾をする」ものが借用和音です。
それに対して転調は「原調から離れて新しい調の部分に移行してしまうこと」という位置付けになります。
音楽の理論書によっては借用和音のことを「一時的転調」という名称で扱っているものもあります。理論書を見たときに、借用和音の項目がなかったら「転調」や「一時的転調」という項目を探してみてください。
近親調の他に借用和音として借りられるものが「同主調」です。B-durの場合の同主調はb-mollになりますね。
同主調とは「主音(その調の音階のスタートとなる音)」が同じ長短調のことです。
和声の世界では「長調が自分の同主短調から」借りることしか借用和音を想定しません。
しかも!同主調から借りられる和音は・・・ii、iv、viの三つになります。
b-mollで見てみると、b-moll のii =c、iv=es、vi=ges(小文字は短調の響き)になります。
この同主調の中の3種の和音のことを「準固有和音」という呼び名で呼ぶこともあります。
誰かが「ああ、これは準固有和音だねー」と言っていたら、「同じ主音の短調から借りているのだな・・・」と思ってくださいね。
「長調の響きだけで単調にならないように短調の和音で装飾すること」が、この同主調での借用和音の役割です。この「長調の中に短調の響きで装飾する」役割だからi、iv、viの和音だけが借用和音として活躍できるのです。
色々と難しく借用和音についてのお話をしてきましたが、最後にもう一度簡単に・・・
『借用和音とはある調の第VII音を除く音階構成音上にできる和音の属和音
を使用することで、音階構成音上の和音以外の和音を使い
、和声の響きや進行に花を添え、ワンポイントアクセントをつける和音のこと』
『借用和音とはある調から転調し、またすぐにその原調に戻る一時的転調
である』
この借用和音の知識は、作曲や編曲をする時には必須のことになりますが、指揮をしたり合奏したりする時に直接何かそれを利用することはありません。
しかし楽曲を読んでいく際に「カデンツを構成する和音」と「ちょっと違う和音」を見つけた時には「もしかしたら借用和音かも?」と類推できるだけでも読むのがスムーズになり、楽曲の表現を一層深く理解、意識して取り組めるはずです。
あくまでも音楽の知識や理論はあなた自身や同じ楽団のメンバーが「音楽や合奏をもっと楽しむ」ためのものであることを忘れないでほしいと思います。
「理論は難しい」「自分にはわからない」「今のままで楽しくやっている」と考えてしまいがちですが、楽しむために一気に詰め込んだり、一度で理解しようと思わずに「気軽に・気楽に・何回も繰り返す」ことをいつも気にしていきましょう!
【ミニコーナー】合奏の時に気にしてほしいこと(第14回)
本番までの合奏の組み立て方~後期段階編(その1)
それでは合奏計画の後期、つまり演奏会直前のことについてお話していきます。
本番直前は今まで練習してきたことの「総仕上げ」です。今まで練習してきたことに 「さらに磨きをかける」ことが主たる目的になります。
これまでの合奏内容が自分の想定していたものと比べて「出来が悪い状態でも、その課題の克服に努力しつつ本番を見据えた音楽作り」をしたいところです。
本番前に急に時間延長して長時間練習したり新しいことを始めたりするのをよく見ます。これはあまり感心するものではありません。試験前の一夜漬けと一緒ですね。時には効果がでるかもしれませんが、継続してコツコツ積み重ねてきた練習にはかないません。
「全曲を演奏したときにどれくらいの疲労度があるのかを把握すること」や「演奏会に向けたコンディションの調整」にウエイトを置きながら、本番をよりよくするために課題となる部分を局所で治療して行けたらいいですね。
それと同時に「良いところを伸ばす」ことや「練習や本番に向けた機運作り」も忘れずにやりましょう。
本番前、特に指揮者は神経質になりがちです。やりたいことやらなくてはいけないことが次から次へと浮かんできます。
ですが、あまり神経質になることなく、またメンバーがそのようにならないように配慮していきたいものです。神経質になり、怒りや不安に支配された音楽は響きもそれを反映し、お客さんに伝わるものです。
本番を楽しむために、この時期は「余裕」を持って「本番をイメージした」練習ができたら、良い形で演奏会本番を迎えることができると思いますので、指揮や合奏をする皆さんは心に留めておいてほしいと思います。
文:岡田友弘
※この記事の著作権は岡田友弘氏に帰属します。
以上、岡田友弘さんから学生指揮者の皆様へ向けたコラムでした。
それでは次回をお楽しみに!
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岡田友弘氏プロフィール
写真:井村重人
1974年秋田県出身。秋田県立本荘高等学校卒業後、中央大学文学部文学科ドイツ文学専攻卒業。その後、桐朋学園大学音楽学部において指揮法を学び、渡欧。キジアーナ音楽院大学院(イタリア)を研鑽の拠点とし、ウィーン国立音楽大学、タングルウッド音楽センター(アメリカ)などのヨーロッパ、アメリカ各地の音楽教育機関や音楽祭、講習会にて研鑚を積む。ブザンソン国際指揮者コンクール本選出場。指揮法を尾高忠明、高階正光、久志本涼、ジャンルイージ・ジェルメッティの各氏に師事。またクルト・マズーア、ベルナルト・ハイティンク、エド・デ・ワールトなどのマスタークラスに参加し、薫陶を受けた。
これまでに、東京交響楽団、セントラル愛知交響楽団などをはじめ、各地の主要オーケストラと共演するほか、数多くのアマテュア・オーケストラや吹奏楽団の指導にも尽力し、地方都市の音楽文化の高揚と発展にも広く貢献。また、児童のための音楽イヴェントにも積極的に関わり、マスコットキャラクターによって結成された金管合奏団“ズーラシアン・ブラス”の「おともだちプレイヤー」(指揮者)も務め、同団のCDアルバムを含むレコーディングにも参加。また、「たけしの誰でもピカソ」、「テレビチャンピオン」(ともにテレビ東京)にも出演し、話題となった。
彼の指揮者としてのレパートリーは古典から現代音楽まで多岐にわたり、ドイツ・オーストリア系の作曲家の管弦楽作品を主軸とし、ロシア音楽、北欧音楽の演奏にも定評がある。また近年では、イギリス音楽やフランス音楽、エストニア音楽などにもフォーカスを当て、研究を深めている。また、各ジャンルのソリストとの共演においても、その温かくユーモア溢れる人柄と音楽性によって多くの信頼を集めている。
日本リヒャルト・シュトラウス協会会員。英国レイフ・ヴォーン=ウィリアムズ・ソサエティ会員。
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